土地には境界があります。
土地の境界は本来「筆界(ひっかい、ふでかい)」と呼び、ひとつの土地の単位を「1筆(いっぴつ、ひとふで)」と言います。

「筆界」は公法上の境界です。"公法"とは「不動産登記法」を指し、123条1項で 『表題登記のある土地が登記された際に形成された、隣接地との境を構成する2以上の点及びそれらを結ぶ直線』と定義されているように、登記手続によらなければ形成されない性質のものです。私人同士で自由に決めることが出来ません。
他方、私法上の境界というものもあります。それが「所有権が及ぶ範囲の境界(以下、所有権界)」です。
″私法"とは「民法」を指し、206条で『所有者は、法令の制限内で自由に所有物を使用、収益、処分する権利を有する』と規定されているように、土地についても自己の所有権が及ぶ範囲内であれば自由に使用、収益、処分することが出来ると解釈できます。続く207条では『土地の所有権の範囲は、法令の制限内でその土地の上下に及ぶ』とあり、上空や地下にまで範囲が及ぶ強力な権利です。

処分が自由に出来るということは、土地の一部を他人に譲渡するのも問題ないように思えます。しかし我が国には一物一権主義という民法の原則がありますので、一筆の土地に同時に複数の所有権は成立しません。(一つの所有権を持分割合により複数人で共同所有(共有)する場合は別ですが)
民法第177条で「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ第三者に対抗することができない」とあります。一物一権主義からすると、土地の一部に他人の所有権を登記することは出来ないので、どう実現するかと言うと、まずは分筆登記をして土地を二筆に分割しなければなりません。その後、分筆した内の一筆の所有権を他人に移転登記します。
この二つの登記を具備することで新たな筆界が創設され、名実ともに土地の所有権が移転し、公に主張(第三者に対抗)することが出来ます。
繰り返しますが、土地をあげたもらった、交換した、という当人同士の合意のみで所有権が移転したとしても、筆界は変わらないのです。これは土地代金の有償無償に関係ありません。
【境界争いの原因は?】
境界を巡る争いは太古の昔からあり、民族や国家同士の領土争いがそうですし、人間以外にも動植物界の縄張り争いも支配範囲を巡る境界争いと言えるかもしれません。
生物が生き残るための本能と捉えれば、決してなくならないような気もします。


尚、接していないと揉めようがないのが境界ですので、境界紛争の当事者は必ずお隣さん同士です。
お互いそこに住んでる場合は毎日顔を合わせるかも知れないし、この先何十年も暮らしていくことを考えると、本来安らぎの場であるはずの自宅で安らげません。
では、土地の境界で紛争が起きる原因はなんでしょうか?
まずは争点となっている境界が「筆界」か「その他の境界」なのか判断する必要があります。
土地の登記をともなう境界確認をする場合は本来の「筆界」についての認識を隣接所有者同士で一致させる必要があります。
〇土地の境界は移動する?
紛らしい話ですが、境界には種類があります。
「筆界」は先に述べたように移動しませんが、「その他の境界」は移動します。「その他の境界」とは主に「所有権界」「占有界」と呼ばれるものです。
「筆界」と「所有権界」 または 「占有界」が一致している間は境界紛争は起こりません。
筆界が創設された時点では一致していたのですが、長年の間に所有者が代わり、ブロック塀などの境界工作物を積み直したり、建物の建て替えにともなう外構工事など何度かするうちに境界杭がなくなったり、抜けた杭を間違った場所に埋め戻したりして、本来の筆界が判らないようになります。
境界がずれる原因となる具体例を紹介します。

パターン①…土地の一部を交換した場合
土地の形状が不整形であった場合、利用効率を高めるためお隣さんと土地の一部を交換することがあります。

甲さんと乙さんは、同じ面積の斜線部分をお互いに交換することを話し合いで決めて、面積の変更もない上に土地代金も相殺されるので、本来行うべき分筆と交換(所有権移転)の登記手続きをしませんでした。結果、元の筆界(AーB)はそのままで、実質的な所有権の境界(A’ーB’)が新たに発生したために、境界の乖離が起きました。

登記簿をみても、分筆した記録はないし面積もそのままですから、本人達以外はわかりません。交換したのがはるか昔であった場合は本人すら忘れている可能性もありますし、相続した方がその事実を聞かされていなくても不思議ではありませんので、境界認識に錯誤が生じる原因となりかねません。
実際の経験ですが、昭和40年の備付測量図で辺長が尺貫法で記載されており、そこを掘ってみたら現況の土留からずれた位置に古い杭があったため、所有者に確認したところ本人も忘れていた交換があった事実を知ることが出来ました。
古い図面だから辺長が合ってなくて当然、と考えてはいけないのだと勉強になった事件でした。

パターン②…越境してブロック塀などを建築した場合


元々の筆界(AーB)を無視して、乙さんがにブロック塀を建築して斜線部分を占有しています。
事実上支配している占有界AーB’が発生し、筆界との乖離が起きました。
これに対して甲さんが何のアクションも起こさず長年放置しておくと、乙さんに斜線部分を時効取得されるおそれがありますし、例えば乙土地を取得しようとしている第三者の境界認識にも錯誤が生じる可能性があります。
また、過去に本来の筆界とは違う位置にブロック塀や土留めを工作したまま、誰も気づかないうちに長い年月が経って今に至っているケースもあります。このように、長年他人の土地を知ってか知らずか(勝手に)占有し続けた場合に生じる境界を「占有界」と呼び、「所有権界」と並んで私法上の境界となります。
【境界は動くが、筆界は動かない?】
筆界と所有権界は元来、同一の物です。
上記二例のケースで「私法上の境界(=所有権界・占有界)」は動いたけど「筆界」は依然として変わらないということを理解して頂けたでしょうか。
近年は気候の変化で局地的な豪雨の被害規模が大きくなっています。
がけ崩れなど土砂災害や、河川氾濫の洪水による土砂堆積で地形そのものが変わることがあることに加え、日本は地震大国です。
大きな地震があれば地表が動きますが、地面はすべてが一定に同じ方向に同じ距離を動くわけではありません。地上の道路や地中の水道管などが寸断されるのはご承知の通りです。
地面とともに境界も動きますが、場所によって地表の伸び縮みの程度が均一ではないため、地震後には面積の増減も生じるものと考えられます。
専門的な話ですが、巨大地震や火山活動など大きな地殻変動後は、影響のあった地域で基準点や筆界点座標のパラメータ補正がなされます。
岩手・宮城内陸地震(2008年)や東日本大震災(2011年)以前に測量され世界測地系座標で記録された東北地方の地積測量図は、補正前の座標値が記録されていますので、パラメータ補正をした上で、周囲との均衡を図りながら検証する必要があります。
〇原始筆界はどうやって測られた?

明治時代の地租改正事業は、土地の所有権を認めて納税義務者を明確にした税制改革ですが、その際に面積を測量し創設されたのが「原始筆界」です。
それ以前は米など年貢として物納されていましたが、豊作・不作に影響されない安定した税収を得るため、土地の面積を基準として課税し、金銭で徴収するようになりました。課税額を定めるために、一筆ごとの土地の面積を測りましたが、人手不足のため素人同然の地主自身に測量と賦課(課税)額を申告をさせていた地域もありました。
当時の測量は主に十字法もしくは三斜法で行われましたが、不整形な形状の土地の測量には苦慮したであろうことがうかがえます。

市街地など平坦で地価の高い地域では比較的精度の高い三斜法を用い、山林・原野など地価が安く地形的に測量が困難な場所は目測や歩測で測量することもあったようです。
現代と比較すると測量者の技術と精度がはるかに低かったのは事実であり、不整形地であるほど当初に登録された面積に相当程度の錯誤があったと考えて差し支えないと思います。

また、課税額を低くするため、測量時の定規として使用していた縄を通常より長く伸ばして計測し、面積を過少申告する行為もかなりあったようです。改めて正しく測量すると、実測面積は登記簿面積より増えることになります。このような現象を「縄延び」と呼びますが、同時期に測量された周辺の土地においても、同程度の割合で面積が増加する傾向がみられます。
反対に、縄を縮ませて計測し、面積を実際より大きく申告した場合は、実測面積が登記簿面積より少なくなります。「縄縮み」と呼ばれ、売却価格や面積に応じて徴収していた小作料をつり上げるためと言われています。
驚くことに、明治や昭和初期に測量したまんまの面積が、現在も登記簿の地積として記載されているケースが少なくありません。もちろん、当時は尺間法で「○町○畝○歩(坪)」という記載でしたので、現在は「㎡」に換算されています。
素人が測量して、なおかついい加減な定規を使用していたという歴史的な経緯もあり、実際に測量すると誤差が大きいことも珍しくないのです。